2019年8月

令和元年度夏期講演会 「熟練外科医から若手外科医へ」

1945年(昭和20年)1月17日生まれの私は、鹿児島県立鶴丸高等学校をS.38年に卒業、S.44年に鹿児島大学医学部を卒業し、今、S.94年なので医師になって50年になりました。鹿児島大学を卒業し、外界を志した頃は、大学は未だ麻酔科が出来たばかりで、教授に直に気管内挿管や主にN2Oを用いた麻酔を教わりました。とくに気管内挿管は面白く、L字型のマッキントッシュ挿管鏡を用いて行っておりました。入局した第一外科は、脳外科もありましたが、一般外科が主で乳がん、甲状腺がん、胃がん、大腸がんのopeが多く、呼吸器外科もやっており、分肺機能検査をやったりして、自然に呼吸器外科を目指すようになりました。呼吸ガス分析、ILメーター、タグラスバックなどを扱っておりました。肺機能検査分析の時等は、深吸気、深呼気の見本を示しながらやっておりましたが自分が疲れてしまっていました。
当時の第一外科は県下の関連病院に医局員を派遣しており、僕らの同級生は計6人でしたが、病棟にするためにペアを組んで(6ヵ月)刻みの出張、大学になりました。
S.55年から江南病院で働いていたんですが、“田中先生はopeをやらせてくれる”という事で多くの若手が集まり、中にはルールを破って江南病院に来た者もおりました。外科のopeは、まず見て覚える事が一番で教科書を見て“A→Bへ切る”と書いてあってもメスの角度や深さは書いてなく殆どさんこうになりません。
外科医はまず見て覚えます。次に部位次第ですが可能なら触って覚える事がポイントだと思います。

2019年8月16日
田中 俊正

坪井浩一先生(古賀総合病院外科(当時))

今日はこのような機会を頂き誠にありがとうございます。昨年2月に開催された会の報告会ということで、機会を頂きました。2日間にわたり多くの見地を得ることができ、大変勉強になりました。
古賀病院で過ごした2年間は大変大きな財産になっています。この先、若い外科医の皆さんの為になるようなお話ができれば、と思って本日は参加させていただきました。少しでもプラスになって明日以降の意識が少しでも変わるような、そんな内容のお話ができたらいいな、と考えます。趣旨と少し合わない内容となるかもしれませんが、少しだけお時間を頂きます。
今回、セミナーに参加させていただいた際のメモを見直していました。特にビデオセッションにおいては自分の症例を会場で提示し、その道のプロフェッショナルに評価をして頂きディスカッションを行うという面白い試みでした。手術の現場においては感覚的に進めていく部分が非常に多いです。その中で映像を用いてこれまで曖昧にあるいは気づかずに過ごしていた手技、感覚的に進めていたところなどを言葉に表現しながら振り返り、共有する。そして次回へフィードバックすることが非常に大切であると考えました。(知り合いの麻酔科の先生は自分の麻酔をかけている映像を撮影し、自己分析を繰り返し無駄ない所作で麻酔をかけることを訓練したということを聞いたことがあります)。自分の手技を後から客観性をもって見直すことの大切さを改めて実感しました。
教育においてはInputとoutputのバランスが一つの課題であると感じています。術前準備として費やす時間や勉強会・セミナーへの参加で得られた知識はすべてinputの要素です。その知識が生きたものとして役立つためにはoutputを繰り返す必要があります。外科修練においては手術場でオペレーターもしくは前立ちとしての経験を積むことにあたると考えます。地方都市の最大のメリットは(若手が少ない分・・・)一人当たりの症例数がそれなりに多く、outputのチャンスが比較的多いのでは、と感じます。
Outputのチャンス(つまり自分がオペレータになれるかどうか)は自分の力だけでは何ともできないこともあります。が、Inputに関しては自分の工夫次第でいくらでも増やせます。居心地の良い場所でのんびり過ごしたくなる気持ちもわかりますが、勇気を出して一歩外へ。同じ宮崎県内でも隣接する県でもいいので。一つの場所にとどまらず様々な地域・年代の外科医からまた、あらゆる臓器で、地域や施設によっても異なる手技を学ぶチャンスを自分自身で作り上げていく意識が大切です。
県内での人員確保を優先するあまり、若手を囲い込んでしまう事は避けたいです。どこの地方でも同じことが行われているような気がしますが・・・本当にすべきことはその逆で、宮崎からどんどん外へ。いずれ成長して戻ってくる事を期待して、修行に出すことも上級医の役割と考えます。時間はかかるかもしれませんが10年20年先を見据えたとき、他の地域とは比べ物にならない魅力あふれる研修システムが確立していくことを期待します。
本当の理想をいえば宮崎県内に居ながらにして、その道のプロから直接指導を頂けたり通信システムを確立して病院同士の若手が合同カンファを開催することでinputの共有ができるなど。IT技術の目覚ましい進歩の波にうまく乗ることができれば、移動距離という障壁をとっぱらって知識の共有が可能になるのでは、と考えます。具体的な方法はこれから模索していく必要があると思いますが…宮崎県の外科研修はほかのところとは一味違うぞ、と一目置かれるような。これまでに例のない新しいアイデアや価値観を想像し人材育成、技術修練において将来的に他の地域の参考になるような方法を確立していく。外科医会がリーダーとなって宮崎県内はては南九州全域において実施していけたらとっても頼もしいことになるのではと考えます。私自身なんらかの形でかかわることができたら嬉しいです。まずは地方都市での外科修練に教務のある若手をどんどん宮崎へ送り込み少しでも貢献できればと考えます。私を介して、本日ここにいる若手外科医の皆さんの将来的な選択肢が少しでも広がったのであれば嬉しく思います。勇気をだして一歩外へ出てみて下さい。
今日は立場をわきまえず長々と話をさせて頂きありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。